【感想】村上龍「55歳からのハローライフ」再出発をテーマに人生の後半戦をリアルに描く




こんにちは。朝木です。今回は村上龍先生の

「55歳からのハローライフ」

読了いたしました。

あらすじ

晴れて夫と離婚したものの、経済的困難から結婚相談所で男たちに出会う中米志津子。早期退職に応じてキャンピングカーで妻と旅する計画を拒絶される富裕太郎・・・・・・。みんな溜め息をつきながら生きている。ささやかだけれども、もう一度人生をやり直したい人々の背中に寄り添う「再出発」の物語。感動を巻き起こしたベストセラーの文庫化!

裏表紙より抜粋

感想

裏表紙にもあったように、全ての物語が総じて「再出発」をテーマに綴られていました。私たちも肌身で感じているはずです。「その年で新しいことを始めるのって、無謀なんじゃない?」そんな心ない一言が突き刺さってしまう経験ありませんか?そのような人たちに是非とも読んでもらいたい一冊となっております。それでは各物語ごとに感想を・・・。

結婚相談所

夫と離婚して結婚相談所に通い新たな出会いを求める女性の物語。私はまだ経験がありませんので、一体どういったところなのか皆目見当もつきませんでした。そしてやはりあまりいいイメージを抱いていないのも事実です。

人生で最も恐ろしいこと、それは孤独ではなく後悔することである。「為せば成る為さねば成らぬ何事も」この言葉のようにどんなことも強い意志を持って努力すれば必ず成就するのだ。この努力を怠った事で我々は後悔してしまう。苦しむのは現在か未来か、選択するのは私たち自身です。物事を長期的な目で判断するか、短期的な目で判断するのか。私は前者を選ぶ人間でありたいと常々思っております。

しかし私たちが「生きている」を実感することができるのは”今”だけなのです。過去は思い出すことで思い出に浸ることしかできませんし、未来は想像で描くことしかできません。果たしてそんな”今”を糧に、どうなるか予想しかできない未来のために、”今”を苦しみ犠牲にする必要があるのかということです。要するに私たちには刹那的に楽しむ生き方も必要だということです。感じている一瞬一瞬の気持ちを大切に・・・そうなると両者のいいとこ取りをするしかありません。刹那的に楽しみながら生き、どこか空いた時間もしくは自分で決めた時間を利用して、未来のために努力する。自身の中できちんと努力する時間を管理すればいいのです。それが一番難しいのかもしれませんが・・・

空を飛ぶ夢をもう一度

街中でホームレスを目にすると、自分もいずれこうなるのではないかと、怯えながら生活を送っている男性。そんな彼がホームレスの旧友と再会を果たし、人の優しさに触れる物語。

後半怒涛の展開が続く中で人の優しさの本質に触れることで、自然と涙が溢れてきました。恐らく貞夫の存在というのは世間から見ても軽蔑に値する存在なのだろう。しかし彼も彼なりの理由を抱え、必死に生きているのだ。もしかすると人として弱く未熟な部分もあったかもしれない。しかし人は万能ではないのだ。その弱点を補い助け合うことが、我々人という概念ではないだろうか。

不運と病気が重なりどうすることもできなかった。これを運命というのであれば、私たちは本当に無力なのかもしれない。どん底まで落ちた時、這い上がろうとするのか、どん底での生活を受け入れるのか。そこが一つの分かれ道となってくるだろう。そういった部分からも人生における教訓を学べたと思います。

キャンピングカー

早期退職に伴い妻とキャンピングカーで旅をする予定だった男が、その計画を拒絶され自分の人生とは何だったのかを再確認する物語。

自分史を作ること。これは幾つのタイミングでもいいかも知れません。作った時に過去の自分を顧みることができ、客観的に見つめ直すことが可能です。今まで生きてきて自分は何をしてきてこれから何をしたいのか。自ずと見えてくるものでしょう。はたまた自分ってこんなものだったのかと失望してしまうかも知れませんが、それも一つのきっかけだと思います。何を始めるにも遅いことはない。こんな言葉があるくらいです、多少歳をとったから辞めておこう。そう思うくらいなら初めから熱なんて冷めているも同然。年相応なんて言葉はゴミ箱に捨て、情熱を持って好きなことに打ち込みたいですね。

そして私たちは気づくことで少しずつ少しずつ変化していくのだ。「悪いのは他人だと決めつけても、何も新しいことは起こらない。」悪いのは周囲と決めつけることで、余計に内向きになってしまうのですね。内向きになってしまうと、益々心身ともに内に内にと籠りがちになってしまう。少しずつを積み重ねるということは、本当に大変なことです。ですが崩すことは何だって一瞬でできてしまいます。何が本当に大切かということを、自分の中でしっかりと見極めることが大切ですね。

ペットロス

夫との間柄は完全に冷え切ってしまったとある女性が、愛犬ボビーとの日々に幸せを見つけ出し日常に輝きをもう一度見出す物語。

ボビーが教えてくれました。死に際でも他の人に勇気と感動を与えることができるということを。病気になり次第に弱っていき、ご飯も水も口にすることができなくなったボビー。それでも大好きな散歩に行きたくて、必死に起き上がろうとする。そのような姿を想像すると感動で胸が痛みました。私たちよりも小さな今にも消えそうな命、残りわずかな灯火を精一杯燃やし続けることが、どれだけ苦しいことなのか。私たちには想像することしか出来ません。そしてそれを看取る側でたる大切な人たち。苦しさの種類は違えど、どちらも非常に尊い想いですね。私たちは愛故に苦しまなければならないのだ。そしてその苦しみこそ愛の証なのだ。

トラベルヘルパー

定年間近の男性が本をきっかけに再び恋に落ちる物語。その行く末は如何なるものか。

恋心に年齢など関係ない。まるで高校生の淡い初恋を思い出すような、しかし決して成就されることのない厳しい現実を同時に味わいました。辛い現実を忘れるように、儚い希望であることを知りながら近づいて行った下総源一。しかし人という生き物はポジティブに、全ての事象が運命の巡り合わせのように錯覚してしまい期待してしまいます。その期待の大きさがかえって自身を苦しめることをその時にはわからないのです。期待など抱かない。器用に生きることができれば苦しむことはぐっと減るのでしょう。しかしその苦しみこそが、私たちの心を成長させるのだと私は思います。相手を思いやれる心というものをそこから培えるのではないかと思うわけです。

最後に

総じて言えることが「何か新しいことを始めるのに対して、”遅すぎる”ことはない」ということ。年齢を重ねるとともにどうしても付きまとってくる世間体という言葉。この集団圧力とも言える無言の敵意こそが、私たちのはじめの一歩を阻むのです。そんなもの鼻で笑い飛ばし、自由に生きることこそが私たちの人生を、最大限に豊かにしてくれるのではないでしょうか。時間は無限のようにも思えますが、有限であり”今”を感じることは二度とありません。そういった意識を頭の片隅に置いて、今後生きていきたいものです。




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