【感想】住野よる「青くて痛くて脆い」本書は読者に何をくれる!?人は誰しもが傷つけあう・・・




こんにちは。朝木です。今回は住野よる先生の

「青くて痛くて脆い」

読了いたしました。

あらすじ

人に不用意に近づきすぎないことを信条にしていた大学一年生の春、僕は秋好寿乃に出会った。空気の読めない発言を連発し、周囲から浮いていて、けれど誰よりも純粋だった彼女。秋好の理想と情熱に感化され、僕達は二人で「モアイ」という秘密結社を結成した。それから3年。あのとき将来の夢を語り合った秋好はもういない。僕の心には、彼女のついた嘘が棘のように刺さっていた。

帯より抜粋

感想

読後の爽快感は圧倒的でした。大学生という複雑な心境下における年代の青春群像劇をここまで爽快かつ痛快に書き上げるとは・・・私自身も大学生ということもあり、共感できる部分が非常に多かったことを覚えています。特に就活のシーンとか嫌な事まで思い出しましたね。就活って一歩間違えれば自信の喪失に繋がりかねないですから・・・そんな私の暗い話は置いといて。本書の醍醐味と言えばやはり登場人物の心理描写。結局どの年代の登場人物の心理を表現するにも、一見簡単に見えて深く入り込めば入り込むほど複雑怪奇なものになっていきますからね。そんな心境を読者に共感を覚えさせ、かつストレートに表現するにはやはり文学的センスが必要不可欠。難解な言葉を用いるのではなく、柔らかい文章で伝えることも大切なのかもしれません。

前置きが長くなりました。早速内容へ入っていきましょう。

独特な感性を持った登場人物

本書は主人公の回想という形で物語が進んでいきます。主人公である田端楓。どこか世間に冷めていて、端的に表現するのであれば「暗い人」。しかし良い意味で嫌味っぽく、彼なりの処世術を兼ね備えた人間っぽさに好感を持てました。自分を理解しているということは、自分に酔いしれるということに繋がるのでしょうか。そんな風に思わせてくる場面が多々あります。そしてもう一人、物語のカギとなってくる秋好寿乃。彼女には実にいい若さがある。ただ純粋に真っ直ぐに、欺瞞と詭弁で塗り固められた世界と一人で戦っていた。周囲から理想論ばかりと嘲られ奇異な視線を向けられようとも、彼女は彼女であり続けた。それを青くさいと罵るのであれば、罵る側こそ彼女よりも青くさいのである。理想論だからこそ、その境地辿り着かなければならない。理想を諦めの言葉として使うような生き方をしてはならないと、彼女に教わった気がします。

絶妙な心理描写

理想を手にするために地道な努力を続けていた秋好。それに反して理想を捨てたと勘違いし秋好から離れていった楓。二人に足りなかったのは単純に、自身の気持ちを伝えることだった。嘘をつかなければ、自分の気持ちを相手に伝えていれば、大切な人を傷つけ、また傷つけられることもなかっただろう。しかしそれが一番難しいのである。自分の気持ちを包み隠さず表現するということは、自身の恥部を曝け出すことにもつながる。大人と子供との狭間にある環境で、自身を守ることで精一杯の彼らがそのようなことが果たして可能だったのだろうか・・・断じて否である。人はいつ何時だって自分を守るために他人を間に合わせとして利用する。家族や友達、恋人でさえその対象となる。しかしこれは何も悪い意味だけではない、心の隙間を埋めることに必要とされているのだ。心の空洞を埋めてもらうことがどれだけ当人の救いに繋がることか。それを互いに理解できていれば、傷つき傷つけることも無くなるのだろう。

そして本書で特に気に入った表現が二つ。

「間に、感情が一つ余分に置かれていた。」

この文章に隠された秋好と楓の心の距離。物理的な距離とは対象的にどこまでも悲しくかけ離れた二人の距離を表現するのに美しすぎると感じました。文学的センスとはこのことを指すのでしょう。

「関係のない他人の不幸を笑うゴミ達の餌食になっていた。」

居ますよね、他人の不幸を喜ぶ輩。それも質の悪いことに全く関係のない赤の他人の不幸を喜ぶ者たち。私自身なぜこんなことを?と考えたことが幾度となくありますが、きっと理屈では理解できないことなのでしょう。作者の方は結構辛辣と言うかストレートな表現をされます。こういった表現は嫌いではありません。結局のところ包み隠さず事実を表現しているのですから。

たたみかける怒涛の後半

前半は淡々とキャンパスライフが綴られていましたが、後半まさか「君の膵臓をたべたい」の作者がこんな風に書き上げるとはまさに圧巻でした。各々の感情が入り乱れ爆発したようにぶつかり合う。こういった場面は私の大好物です。互いのことを本当に思っていたからこそ、彼らは自身の気持ちをぶつけ合うことができた。しかし遅かった。もっと早くに気持ちを伝えていれば誰も傷つかない世界が完成していた。誰もが傷つけ合いを繰り返す。痛みを伴いながら相手の気持ちを理解して、今より近づこうとする。そうして彼らは、否私たちは大人になっていくのでしょう。

後半にかけて漸く二人の関係性がハッキリしてきたようにも思えます。楓の被害妄想というか期待が行き過ぎていますよね。けれどそんな彼が抱いていた「けれど実際には、期待は、悪い予感とは違い、大体八割は裏切られるものだと理解しておくべきだった。」という文章。深く何度も何度も心の中で頷いたことを覚えています。結局期待は自分を苦しめるのだと。そして行きすぎた期待は相手に失望してしまうのだと。私もこれまで生きてきた中でこのような考え方を培ってきました。

最後に

私自身の中にはなかった大学生活での青春群像劇。大切な人を傷つけ、その人に傷つけられ、またやり直す。きっと言葉や感情、世間からの目をより一層気にするようになる年齢だからこそ、大学生活における青春は高校時代とは違い複雑怪奇なのだ。

非常に勉強になりますね、こういった小説って。「覚悟」という言葉の語源としては、覚えたことからさとる、という意味があるそうです。要するに経験したことや勉強したことでしか、私たちは心の準備や対応が出来ないということ。そして実際に経験することには限りがある。ならば自ら情報を手にするしかない。このようなことからも読書って本当に意味のある行為だと思います。皆さんも自身で味わうことのできなかった、非常に多感であり大人と子供の狭間にいた時期の青春を追体験してみませんか?




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