【感想】小川洋子「博士の愛した数式」数字が人との絆を結びつける感動の物語




こんばんは。朝木です。今回は小川洋子先生の

「博士の愛した数式」

読了いたしました。

あらすじ

「ぼくの記憶は80分しかもたない」博士の背広の袖には、そう書かれた古びたメモが留められていた。記憶力を失った博士にとって、私は常に”新しい”家政婦。博士は”初対面”の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。数字が博士の言葉だった。やがて私の10歳の息子が加わり、ぎこちない日々は驚きと歓びに満ちたものに変わった。あまりに悲しく暖かい、奇跡の愛の物語。

裏表紙より抜粋

感想

数学と文学の「美の結晶」がここにありました。あらすじにもあったように悲しく、そしてとても暖かい物語でした。愛の物語とあるが、恋愛だけが愛ではない。親が子供に注ぐ愛はもちろん、人間誰もが生まれながらにして持っている「他者に対する優しさ」この輝きが群を抜いていた。

この物語の軸は「博士の記憶が80分しかもたない」ということ。文字にすればほんの数文字足らずのこの言葉が何を意味するのか。本書を読み進めていくうち、毎朝この事実を目の当たりにする博士の気持ちに非常に胸を痛めました。博士にとって本当の意味で明日は訪れていたのでしょうか。周囲の戸惑いはもちろんあるが、一番辛く悲しいのは博士に違いない。記憶という人間のシステムがいかに重要か再認識させられました。しかしこの事実がもたらしたのは悲しいことだけではなかった。人は時に躓き迷い苦しみ、それでも尚抗い生き続けるものです。ですが決して一人ではない。そこに差し伸べられる奇跡とも呼べる「他者から注がれる愛」、それが色褪せることなく彼らの日常と調和していました。

そして数学の魅力。私自身数字が好きでも嫌いでもない文系出身者なのですが、本書を読むと不思議なことに数字が魅力的に見えてしまった。本書の文章を借りるのであれば、とある数字の素数の和について過剰数であるか不足数であるかということ。例えば18と14。「18人知れずは過重な重みに耐え、14は欠落した空白の前に、無言でたたずんでいた。」この文章を目にした途端、何の変哲も無い数字がキラキラ輝いて見えました。ただの数字としての意味だけではなく、その数に多くのことを有しているということ。もしかするとこの文章自体に惹かれるものがあったのかも知れませんね。小川先生の文章力に魅せられました。また、「完全数は連続した自然数の和で表せる」ということ。これを目にしたとき「綺麗だ・・・」と思わず声を漏らしていました。まさに絶対的な数字。完全数の意味を知ってしまえば、そこにあるだけで特別なものに見えてしまう。どの数字にも引きを取らない意味を持つ数字を発見することができました。

このような数字の魅力を数学好きでもない人間に対し、非常に魅力的に教えてしまう博士。私も博士のような先生に出会っていれば数学が好きになっていたかもしれません。そんな数学の難解さを持ち前の文章力で柔らかく魅力的に表現してくれる小川先生。本当に読みやすかったです。

後半にかけては家政婦として博士の元にいる事実を、ページをめくる左手で感じながら読み進めていました。この事実が有限」を表すのだから、きっと終わりが訪れるのだろうと、運命づけられていることをかみしめながら。

最後に

数学が好きな方はもちろん、数学が嫌いな方でも「数字」が愛おしくも美しく思える作品です。そして博士と私(家政婦)とルート(私の息子)が紡ぐ、優しさの溢れる暖かな日常に涙するはず。強いて私が気に入らなかった点を挙げるとするならば、野球について描かれていたこと。ルートと博士の野球についての会話にどうしても私がついていけませんでした。しかしそれを差し置いても読むべき価値が本書にはあります。是非手に取ってみてください。




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