【感想】岬「旅籠屋あのこの」疲れ切った心に寄り添う・・・ふとした瞬間に読みたくなる一冊




こんにちは。朝木です。今回は先生の

「旅籠屋あのこの」

こちらの感想を述べていきたいと思います。

あらすじ

霧の街・釧路の幣舞橋を少し先に、その宿はある。紺と白、二色の暖簾がゆれる古民家風の《旅籠屋あのこの》。この宿のモットーは「どんな客人も、来るもの拒まず」。そこは、死者も生者も訪れる、”あの世”と”この世”を結ぶ宿だった。ひょんなことでここの新米従業員となった丸子のもとに、なにやら”ワケあり”な客人がやってきて……。料理番の南郷、神出鬼没な宿の主・紫鶴といった変わり者と、不思議なお客が集う宿で、今日も素敵なドラマが始まります。

裏表紙より抜粋

感想

「仕事の休憩時間に読むのに丁度いい」というレビューを見て、「読んでみたい!」となりました。まさにレビュー通り、仕事で疲れ切った心に温もりを感じることが出来ました。時には涙も伴って。本当にほっこりする心温まる物語でした。

遅咲きの桜

「死者もまた生きている人間と同様に何かを伝えたいと思っているのだ。」今回のお話では家族の絆を強く感じました。親と子の間でどれだけ衝突があろうと、強がっていようと最後の時には必ずと言っていいほど後悔が待っている。「どうして素直になれなかったのだろう。」と、人の死は唐突であり誰も予測がつかないものだ。だからこそ後悔しないように日常から心がけなければならないのですが、それが出来れば人間誰も苦労しないですよね。日常に感謝し続けるなど聖人でもなければ無理でしょう。だからこそ、お盆や年末年始などの節目の季節に実家に帰るなり、親に感謝の気持ちを伝えるなりするべきなのでしょうね。

それに遅咲きの桜って言葉だけ聞くと、何だか儚く聞こえます。桜の木自身がその花の開花を待っているように、人も同じく桜の開花に様々な想いを載せて開花を待ち望んでいる。桜の木には何か不思議な魅力が詰まっているのでしょうね。開花が待ち遠しいです。

最後の夏休み

突然の事故。生前伝えることのできなかった、幼馴染への恋の気持ち。彼女はこれからどういった大人になるのでしょう、自身の人生を変えてしまうような辛いことがあったにも関わらず、大好きな人に生きること望まれた彼女。そんな彼女だからこそ、きっと誰よりも強く誰よりも優しい大人になるのではないでしょうか。それに何も彼女のことを思っているのは彼だけじゃない。家族もいれば親友や友達もいる。これからだってどんな出会いがあるかわかりません。だったら「今が辛くたってもう少し頑張って生きてみよう」って思いたいですね。辛い時は誰かに助けを求めればいい。優しい彼女には優しい友人がいるはずです。

私が一番好きな季節が夏です。「夏って暑いだけじゃない?」なんて言われることも多いですが、そこは同感です。最近なんて例年と比べても特に暑い。それでも好きなのは、きっと幼少期の思い出があるから。小学生の頃に田舎の祖母の家で、日が暮れるまで弟を引き連れて自然を堪能していました。農作業の手伝い、水路で沢蟹を取ったり少し深めの川で魚釣りをしたり。夜は定番の肝試しに、街灯の傍でカブトムシを探したり。私はそんな夏が今でも大好きです。

そして夏の風物詩とも言える打ち上げ花火、それを大好きな人と特別な思いを抱いて見ていたい。私だってまだ遅くないと、そう思って生きていきます。

あと夏といえばorangestarさんの楽曲。もう最高です。私の中で夏には欠かせない曲となっております。

ベランダの恩人

「動物にだって伝えたい想いがあるはずだ。」その想いの対象が人であるからこそ、この世界は理不尽なのだ。今回はそんな風に思わせてくれる物語でした。人間に捨てられた事によって、人間に心を開かなくなった猫。社会の荒波に揉まれ、身も心も憔悴しきった1人の優しい男。そんな猫と人とが紡ぎ出す物語。動物と人間が織り成す物語だからこそ、普段感じることのできない温かさを感じることができました。死者でさえ誰かに伝えたい想いを抱いているのだから、動物が人間に対して特別な想いを抱いていても何もおかしい事はない。死して尚消えることのない想いが成就する瞬間って、どれだけで現実と乖離していてもそれを忘れて、体の内側から何かに包まれるような温かさが溢れ出てきます。きっとこれが心から感じる温もりなのでしょう。本当に優しい物語でした。

動物について。最近農業に関する書籍を読んでいたこともあり、動物の生命倫理の観点について考える機会がありました。人間にとって欠かせない存在となっている家畜動物や愛玩動物たち。そんな動物たちに対して我々は生殺与奪を繰り返す。この言葉には間接的な意味も含めています。それが当たり前になっている現代だからこそ、皆が動物の生命倫理について学び直す必要があるのではないかと。強く感じました。

冬の日の手紙

1度痛みを知った人だからこそ、他人に1番寄り添えるのでしょうね。その痛みを克服できればの話ですが。苦しんでいる人が何を欲しているのか、理解者が必要なのか、それともただ慰めの言葉が欲しいだけなのか。現実でもそう思うことが多々あります。そんな時自分ならどのように接するか、比較しながら読むのも楽しいものです。ただ1つだけ、本書の登場人物のような「温もりのある人になりたい」と強く思いました。

学校という場所において人とはどこか違うということは、それだけで異質として扱われてしまう場合があります。「あいつって変じゃね?変わってるよね・・・」これから学び成長していく彼らにそれを理解しろというのは無理なのかもしません。だからこそ教師がいる。「間違っていることは間違っている」と教育できるような人が必要不可欠。そのような現場で最近事件を目にすることが多いですよね。それこそ教師の質以前のであり、教育業界の構造上の問題なのかもしれません。最近私が耳にしたのは、部活動の顧問は時間外労働ということ、それも残業代はなし。教師のやる気と乖離しているのが現状といったところでしょうか。今後どうなっていくのか注目すべき部分です。

最後に

冒頭にも書いたように、疲れたときに読めば本当に元気がもらえる。そんな作品でした。優しさと温もりに満ちた物語は、単純ですが、私たちに「明日も1日頑張ろう」と、そんな気にさせてくれます。そして読後は思うはず。「少し旅行に行ってみようかな。今回は知る人ぞ知る宿を探して。自分だけの宿を探して。」きっとあなたの心にも寄り添ってくれる。ぜひご覧ください。




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