【感想】辻村深月「島はぼくらと」帰るべき場所であり再生の場所でもある




お久しぶりです。朝木です。今回は辻村深月先生の

「島はぼくらと」

読了いたしました。

あらすじ

瀬戸内海に浮かぶ島、冴島。朱里、衣花、源樹、新の四人は島の唯一の同級生。フェリーで本土の高校に通う彼らは卒業と同時に島を出る。ある日、四人は冴島に「幻の脚本」を探しにきたという見知らぬ青年に声をかけられる。淡い恋と友情、大人たちの覚悟。旅立ちの日はもうすぐ。別れるときは笑顔でいよう。

裏表紙より抜粋

感想

島民たちの人間関係には心温まるストーリーがありました。きっとその島の環境では他人など存在せず、大家族として支え合っているのだろう。しかしそのような環境を築き上げるのに苦労もあったはず。島で生まれ島で育った人間、Iターンとして島へやって来た人たち。立場が違えば意見も食い違うはず。変化を望まない人たちもいれば、変わり続けたい、観光地として島を売り出したいと考える人もいる。そんな別々の考えを持った島民たちをまとめ上げるには並々ならぬ苦労を強いられるのでしょう。

コミュニティデザイナー

そして私が本書を読んで、一番印象に残った事柄が「コミュニティデザイナー」という仕事。本書を通してこのお仕事の存在を知りました。コミュニティデザイナーに欠かせないもの、それは「場づくり」の大切さ、そしてに何よりも人と人とをつなぐことの素晴らしさを学ぶことが出来ました。そこで私が一番強く感じた事が「理解者」となること。その地域の方たちが抱えている問題を自身の問題として捉え、自らの考えにとらわれることなく幅広いアイデアを生むこと。ヨシノは本当に楽しそうに仕事をしていました。彼女の存在が誰かの助けになり、それがまた彼女の「帰ってくる場所」になる。苦しいことも居心地の良さもすべて含めて故郷なのだと語られていました。

それぞれの物語

蕗子の過去の話を目にした時は、非常にもどかしい気持ちになったことを覚えています。国民的栄誉なことを成し遂げた彼女に対し周囲の人々は讃えすぎたのだ。彼女が好きだった場所も時間も、全てが本来の姿を忘れ彼女の望まないものへと変貌してしまった。そんな彼女は憔悴仕切って島へ来たという。そんな彼女と両親との物語。未菜の存在が両者の関係を再び紡いでくれたのだとわかった途端、涙が止まらなくなりました。非常に心の温まるシーンでした。畢竟、親が子供を心配するのは当たり前のこと。それが行き過ぎて相手を傷つけてしまったことは、時が過ぎ去って気づくこと。どんなに離れた場所にいても、家族の絆は千切れることが無いのだと感じました。幼い子供が天使というのはあながち間違いでは無いのでしょうね。そう感じた人が多数存在するのですから、そんな風に称されるようになったのでしょう。

それから元木の話。彼の話を通して、本書に登場する冴島は「再生の場所」なのだとも感じました。別の人から見れば失敗から逃げ出して来た人たちの集まる都合のいい場所。そんな風に映るかもしれません。しかし彼はそうではなかった。一度は自信を失い途方に暮れていた彼でしたが、大切な人の危機を前にしてその辣腕を振るった。その後蕗子の口から出た言葉に涙しました。本当に温かい話だった。人と人との強い繋がりを感じることができました。

本書を締めくくるラストシーン。四人の想いが言葉となってぶつかり合う。私自身も島の一員として気持ちが溶け込んでいたような気がしました。彼らにとって島を出る、そして島に残るという選択が何を意味するのか。それぞれ選択することの意味を、そしてその選択の重さを心で感じました。誰だって悲しくなる。当然感じるその思いを口にしてしまえば、きっと彼らは友達のために自らの意思を曲げてしまう。いい意味でも悪い意味でも。ならば心の中にそっとしまっておくしか無いのだ。しかしその想いの堰が崩れたとき、人は本心を口にすることができる。彼らの友情、いや、本書の言葉を借りるのであれば兄弟の契りは、言葉では言い表せないほど強固なもので繋がれていた。本当に心地良い気持ちになれた。彼らの卒業は、我々の卒業とはまた違う意味を含んでいました。

最後に

人の絆を強く感じることのできる作品でした。本書に登場した冴島。辻村先生の表現でその島の空気を存分に味わうことが出来ました。そして何より島民たちの思い。それぞれやり方や考え方は違っても、全ては島や島民たちの思ってのこと。みんな故郷が大好きなんだ。温かい故郷と彼らの人生。懐かしい思いに浸りながら読むことが出来ました。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です