【感想】森見登美彦「夜は短し歩けよ乙女」今回も森見ワールド全開!御都合主義万歳!




こんにちは。朝木です。今回は森見登美彦先生の

「夜は短し歩けよ乙女」

読了いたしました。

あらすじ

「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めた。けれど先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する”偶然の出会い”にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。そんな2人を待ち受けるのは、個性溢れる曲者たちと珍事件の数々だった。山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞2位にも選ばれた、キュートでポップな恋愛ファンタジーの傑作!

裏表紙より抜粋

感想

読後、私はこう呟くのだ「夜は短し歩けよ乙女」と。今作も森見ワールド全開の作風でした。非常に滑稽かつ愉快であります。

夜は短し歩けよ乙女

京都を舞台に繰り広げられる一夜限りのお祭り騒ぎ。「酒は飲んでも飲まれるな」と言いますが、彼女の酒豪の如き振る舞いはあっぱれである。お酒の席をより一層彩るもの、それは酒豪の名に恥じぬ実力を持ち合わせた美人さんなのでしょう。そんな彼女に一目惚れした某主人公。京都の街中で一体何をやっているのだと、独りでにツッコミを入れている私がおりまして・・・京都の夜の街を歩くのなら、ズボンと下着のストックくらい常に持ち歩くもの。いや、これは初耳ですね。普段京都に出かけるのにそのような準備は皆無です。

やはり本書も舞台となった京都の舞台を無性に散策したくなります。不思議と彼らに会える気がして・・・「夜の京都ツアー」ではないですが時と場所を同じくして偽電気ブランを口にしてみたい。お花畑のような味とは如何なるものか、「味は食べてみるまでわからない」のです。

深海魚たち

あなたは運命の一冊というものを信ずるか、と問われれば第三宇宙速度が如く速さで「イエス」と答えよう。では運命の一冊とは何であろうか。私個人の考えとしては、その一冊で得た経験が自身の人生における何かの判断基準になったり、後世に伝え続けたい思い入れがあったりと、言わば人生のバイブルとなる一冊だと考える。実際私にそう言った一冊があるかと問われれば、まだ出会っていないと答えるだろう。しかしながら人に勧めたいという本は山ほどあるものだ。ブログを書いている一番の理由もそれを伝えるためだと言っても過言ではない。私自身の成長と比例するように、同じ一冊であっても二度三度と読み返していくうちに得られるギフトは、千差万別と言えよう。

本章で印象に残っているのが、李白先生によって振舞われた「火鍋」である。激辛鍋を蒸し暑い部屋で炬燵に潜り食するというもの。喉を潤す飲み物といえば熱々のお茶。そしてその火鍋を取り囲む、各々の欲する書に火鍋よりも熱い思いを胸に秘めた複数人の男たち。まさに「地獄絵図」である。猫舌の私は想像するだけでも舌がピリピリするのである(黒髪の乙女より)。走馬燈を見るような行いを経てもなお手に入れたい書物とは一体何なのであろうか。路線図然り、歴史的価値のある書物、意中の人が探している絵本、それから助平本・・・それほどまでに魅力を秘めた一冊。「わたし、気になりますっ!」

御都合主義者かく語りき

人生とはエンターテイメントなのである。それこそ面白おかしくある時もあれば、辛く苦しい局面を迎えることもある。人々は口を揃えて言うだろう。「それらは人生における最高のスパイスなのだ」と。本章で語られた学園祭はまさにエンターテイメントの塊であった。特にゲリラ演劇には胸を打たれた。聴衆が踊り狂わされ、秩序の崩壊を招き熱狂の渦に飲み込まれる。その中を明確な目的を持って想いの赴くままにひた走る主人公。時には友の屍を超えて。非常に愉快であった。恋と友情を天秤にかけるのであれば、結果は自明の理。恋に敵うものなどこの世界には存在しないのだ。

ならあなたは運命というものを信じるのか?私は偶然を主観的に観測した場合に、本人の御都合主義により補正がかかるもの」だと考えている。何よりその根拠たらしめるもの、それは「自身にそのような経験がない」からである。お恥ずかしい話、自身が体験した事の無いことは肯定できない質なのである。いくらラブロマンスを知識として蒐集しようとも、その欠片すら我が身には降り注がないのである。これはもはや神の陰謀と言えよう。失敬。私としたことが言い過ぎてしまった。要するにただの嫉妬なのである。

魔風邪恋風邪

ハッピーエンドここに極まる。「人事を尽くして天命を待つ」某バスケ漫画でよく耳にした言葉。漸くその真意を掴めた気がする。自分にできることからコツコツと。主人公の迂遠過ぎる外堀埋めは、現在の私を客観視しているかのようだった。私も恋愛に関してはかなり奥手なのである。自身の心の中で議論を交わし、詭弁で本心に蓋をして。本書を通して「一歩先へ進めと」背中を押された気がします。風邪をひいた時、一人で布団に蹲るのか、はたまた意中の人に看病してもらうのか。そのような日常的によく見る些細な出来事の中に幸せは詰まっているのだろう。小さな幸せに感謝し生きていくことが、私たちの幸福に繋がるのかもしれない。

最後に

青春とは一瞬なのである。意中の人を追いかけて何が悪い。偶然を装って何が悪い。その姿が滑稽で何が悪い。法にさえ触れなければ最後に愛は勝つのだ。否、書いていて思ったがこれは美化された物語の中で存在する御都合主義なのかもしれない。しかし私も現在は主人公のような境遇にいるわけでして。絶賛一目惚れ中で御座います。外堀を埋めまくっております。誰が興味あるんだって話ですよね!よければ皆さんの青春秘話をお聞かせください。ではまた。




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